またもやいまさらだけど、このところ人気作家宮部みゆきにはまっている。
井坂さんや石田衣良の本をおおむね読みつくし、あとは人気の新刊を下手すりゃ半年以上とか予約待ちしないと読めなくなってきて、そんなら買えよってことなんだけど、あくまで本は借りる主義なので、今度は我が家の中にある本に注目したら、息子がマンガ以外にほぼ唯一買い集めている、宮部みゆきの著作を読めば、当分困らないジャン、ってことになった。
そんな邪な動機で読み始めたら、これが面白い。「クロスファイア」から入って5冊ほど読んだけど、推理小説というジャンルに押し込めるにはあまりに自由な発想と、物語全体のものすごい構成力。ファンタジーや時代物まで幅広い作品を書いているのもうなづける。
2冊前に読んだ「火車」には、名作と言われるだけあって、とにかく入りこんだ。どうやら他人に成りすましているらしい女性の謎を、1枚1枚薄皮をはがすように解いていく。成りすまされたほうの女性、成りすましたほうの女性の背景が次第に明らかになっていき、ついに後者に接触するところで小説は終わる。
この「火車」が直木賞を取れず、その選考委員の一人が書いた理由の中に、「犯人が説明でしか書かれておらず、(本人が語る場面がないので)人物像が不明確」というのがあったことをなげいている文章が、「長い長い殺人」の解説にあった。
探偵役の刑事が調査を重ねていくことでその人間像を浮かび上がらせていく、という、この小説の根本的なコンセプトであり魅力であり、超難易度の、それこそがこの小説を画期的たらしめている構成、技法を、まったく理解できていない、というわけだ。これにはまったく同感だ。
そしてその解説では、そういうことであったので、「火車」から6年後にやっと、「理由」が直木賞をとったことは、直木賞の名誉のためにも喜ばしい、と書いている。
その「理由」は、文庫本で600ページもある大作だが、今週はTVドラマの改変期で、夜、割合時間があったので、一気に読んでしまった。面白い。というかすごい。
以下ネタバレありですので、まだ読んでなくてこれから読もうという方はご注意を。
この小説の何がすごいって、たくさんの登場人物の背景や家族間の関係などを、徹底的に作りこんだ緻密さと、その結果生まれたものすごいリアリティだ。ルポルタージュ形式で進んでいくこの小説は、事件が解決した後の時点で行った、事件の関係者1人1人のインタビューを積み上げて行くという、画期的な構成を採っている。
一般のミステリーにありがちな、3人のうちだれかが犯人みたいな、考えてみれば現実に起こり得ないような舞台設定ではなく、こうしたたくさんの関係者の1人1人に話を聞き、裏を取り、というのはまさに警察の捜査のやりかたそのものであり、そういう事件の放射線状にあるいろんな事情から、つかみ所のなかった真相が、だんだんと浮き彫りにされていく。
そして真相の中に非現実的なトリックなんてなく、そんなに遠くない関係者の中に犯人がいて、わりあいさっくり捕まる。これが現実の殺人事件解決の経緯なんだろうな、とそう考えると、これはものすごくリアルだ。
この小説は映画にもなっていて、DVDを借りてきて観た。あの巨匠大林宣彦さんがメガホンを取り、ほぼ原作通りの構成、順序で進んでいく。
とにかく関係者が多いのが特徴のこの物語だけに、大林さんの人脈で集まったのか、ものすごい豪華な出演者たちが、ちょっとずつちょっとずつ登場する。中でも若手女優陣が面白く、 宮崎あおい兄弟が出ていたり、今の朝ドラの顔、多部未華子のデビュー作だったり、「北の国から~'92巣立ち」に出て一時アイドル的人気があったのに、その後バッシングを受けたりして、あまり名前を聞かなくなっていた裕木奈江が出ていたりする。男優では、石橋蓮司の怪演が印象的だったな。
構成は原作のままでありながら、インタビューしてたのがそのまま演技につながっていくような見せ方や、最後には大林監督自身が出てきてしまうメタフィクション構成だったり、犯人がベランダから落ちていく「いかにも」な特撮映像があったり、「時をかける少女」などの尾道三部作のころから見られた大林節満載の作品に仕上がっている。
緻密な原作の中で、唯一不満だった、裕木奈江が演じたOL、B子から、落下した人のところに管理人や住人が集まってるのを見て先に通報があり、警察がかけつけた、っていう、ちょっと時間が合わなくない?っていう設定の部分は、映画ではB子が見たものを別のものにすることで修正されていた。なるほどね。
てことで、地デジと「理由」に嵌った今週でした。
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